母性の獲得に時間のかかる人もいる 子どもの成長とともに「母」になる


 まるで宙を見ているような目つきだった。ネグレクトが疑われる体重の減少で乳児院に来た2か月の乳児。母親は、ミルクを飲ませたり、おむつを替えたりするものの、飲み具合を気にするそぶりもなく、無表情で、泣いているわが子をただ見ていた。
 月2回の面会交流で母親と関わる中で、子どもに愛情がないというより、もともと人と関わるのが苦手で、相手の気持ちを察するのが難しいタイプだとわかった。
 ここで育児を一から学びながら、少しずつ、わが子に対する愛情と子育てへの自信を身につけていった。5歳になろうという頃、いよいよ家庭に戻ることに。母親は不安がったが、「私のところでいいの? この子は施設の方がいいんじゃない?」と子どもの幸せを願う気持ちが、「お母さんのところがいい!」とはっきり伝えた子どもの意思が、この親子の分離終了を確信させてくれた。
 0~5歳までの「一番かわいい時期に」と言う人もいるかもしれない。けれど、この母子には一定の距離が必要な時間だったのだ。子どもを迎える母親の、震える手と、ぎこちない笑顔の瞳の温かさに、明るい未来を感じた。
 
※取材した実例をもとに一部フィクションを加えています。
 
 
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